ソーシャルシリアスゲーム: 2rot13

Social Serious Game: 2rot13 この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。

精神障害と就職

友人の大学教授の研究室に、ある学生がいる。悪い奴ではないが、就職ができないということで相談を受けた。

二流国立大学で成績も特別良いわけではないけれども、コンピューターサイエンス専攻で、修士課程で、日本のIT企業で重用される資格をいくつか持っている。プログラムもそこそこ書ける。他の学生と比較しても頭一つ抜けているだろう。実務経験はないけれども新卒だから問題ない。論文やコードを見る限り、IQは高くないけれど、実務ではむしろちょうどいい。ここまでであれば、IT企業であれば当然のようにいくつか採用されるだろう学生だと思う。

しかし、彼はいくつかの精神疾患の診断を受けていて、発達障害もある。また、精神疾患発達障害によるものだと思われるが、人格に問題がある。さらに、その性格のせいでトラブルを起こし、逮捕歴がある。この時点で、彼の望む職種で彼を雇う企業はおそらくない。

理想的にいえば、全ての人が望んだ仕事ができれば素晴らしい。しかし、小麦粉アレルギーの人物がパン屋になるのは適切ではないし、精神に障害を持った人が精神に大きな負荷のかかる失敗できない業務に携わるのもやはり適切ではない。

得意なことだけをやるというのは、得意なことにある程度の幅があれば成立するが、あまりに幅が狭ければマネジメントのオーバーヘッドがアウトプットを上回ることになる。障害の原因が会社にある場合などでやむを得ずアサインされている現場はさながら介護のような状態で、誰も幸せではないように見える。

戦争に使うプロダクトの開発に統合失調症の患者を使うのが危ないというのは明らかだけれども、そこまで重篤でなくても、ちょっとした鬱病で小さいプロジェクトは簡単に破綻して一般的なの生涯賃金の何百倍の予算が瞬間的に消え、関係なさそうなどこかの会社があっさり潰れる。それなりのスキルでそれなりの鬱病のエンジニアより、健常で学ぶ意欲のある学部卒の新人の方が長期的に貢献は大きい。それは、重篤な小麦粉アレルギーのシェフをパン屋が雇うというより、目が見えない人が長距離バスのドライバーになるという方が近い。まして、新卒では、リスクしかない。彼が在学中の6年間でどれだけ努力していたとしても、それは、健康で人格に問題のない素人が6年で追いつくものだ。

ここで二つの考え方が生まれる。

一つは、人間には長所も短所もあるので、補い合おうという考えだ。性能だけで考える、ドライな手法だと思う。極端な話、もし彼が標準の3倍くらいの報酬を得られるレベルであれば、その報酬から彼のマネジメントをする人間を一人雇ってつければ良い。ただし、現状の彼は、到底その水準ではない。実務経験はなく、学生時代の研究は凡庸だ。だから、私が、私のチームに彼を採用することはない。私は、オリンピックや甲子園や戦争のような本当にベストを尽くさなければ自分の人生が全否定されるような仕事を好んでいて、性能の低いマシンに合わせてデチューンされたレースを見ると、それは福祉の問題であってサーキットの上の問題ではないと感じる。

もう一つは、それでも生きていかないといけないということだ。能力がなくて障害があって人格に問題があって前科があって、あとは何らかの深刻な問題があって、それでも生きていかなければいけないし、多くの場合は何か仕事をしなければいけない。彼がホームレスになって街をうろうろすることは、治安の低下をもたらすし、それはその都市の価値を下げる。だから、仮にコストがかかるとしても、そのコストは社会全体で見れば正常な支出であるという考え方には合理性がある。

この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。