ソーシャルシリアスゲーム: 2rot13

Social Serious Game: 2rot13 この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。

成し遂げるべきことなんて何一つないのに、何かをしたいふりをしないと、普通に生きて行く権利すら与えられない。

僕はこれまで、色々なことに取り組んで、全てそれなりに失敗した。失敗。成功か失敗かは、定義による。全て失敗したとばっさり言い切れればすっきりするんだけれど、それぞれの結果として、その結果を本心から望んでいた人もいるという事実もある。例えば、僕は大学の学部を卒業するときに銀時計をもらったけれど、シリアスにこれを欲しがっていて手に入れられなかった同期や先輩を何人か知っている。ある分野で、いくつかの賞を受賞したけれど、この賞の為に人生を投げ打っている友人もいた。会社に勤めていたときは最終的な年収は同年代の平均の3倍くらいだった。会社を二つ設立して、一つは売却し、一つは清算した。社会的な価値のある面白くて仕方のない仕事をしていたことがある。

それぞれ、それが欲しくて仕方ないという人もいて、しかし僕はそれを成功だと感じないという点でやはり失敗だったと思う。もしかすると、それぞれが全て繋がっていたら、或いはうまく行ったと思えたかもしれない。大学で勉強したことを全て生かし、自分の設立した会社で社会的な価値のある面白くて仕方のない仕事でいくつかの賞を受賞しながらそれなりに高い収入を得ていたら、まあ、それに文句はつけないかもしれない。しかし、残念ながらそうではない。僕の人生の場合、社会的な価値のある面白くて仕方のない仕事は高い収入を生まなかった。なかなかうまくいかない。

結果、僕は人生のある時間と引き換えに、学歴と、職歴と、マンションが買える程度の現金を得た。完全な失敗ではないけれど、成功ではない。ものすごくうまく行く可能性だってあったのだから、宝くじの期待値のようなもので、結果だけを観測すべきではないのかもしれない。

さてどうするかな、と僕は思う。

成功。実際のところ、仕事の内容なんて何でもいいから、一生遊んで暮らせるだけの資産ができれば成功で、それまでは失敗なのかもしれない。内容はなんでもいい。しかし、今の世の中では、何かをしたいふりをしないと普通に生きて行く権利すら与えられない。高い報酬が目的で医者になるというのは不適切で、人を助けるために医者になると言わなければいけない。成し遂げるべきことなんて何一つないのに、何かをしたいふりをしないと、普通に生きて行く権利すら与えられない。

この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。