ソーシャルシリアスゲーム: 2rot13

Social Serious Game: 2rot13 この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。

僕は恋に落ちた。

僕は恋に落ちた。相手がどんな人物であるかは大した問題ではない。実際のところ、僕はこれまでの人生で何百回も恋に落ちていて、その相手は黒髪の小柄な年下のバイトの先輩だったり、クラブで声をかけた金髪で耳の軟骨にピアスをいくつも空けた処女だったり、サブカル好きで音楽の話で一晩中すごせる友達だったり、以前部下だった蕁麻疹が出るくらい嫌いな日常的に嘘をつく中年女性と同じくらい全然仕事ができない普通の見た目の星新一に詳しい女性だったりして、僕はその度にはっきりと、恋に落ちたことを認識する。

10代の頃は、恋に落ちると辛いことばかりだった。だいたい10代の頃なんて、男子にしろ女子にしろ頭には性欲しかないわけだから、悲しい出来事がじゃぶじゃぶと発生する。僕が好きになる女の子は当然、僕とは違った価値観を持っているから、なんでよりによってそんなのと、と思うようなクズとくっついて破局する。僕も僕で、別に大して誠実なわけではなくて、飲みに行って成り行きでくっつくのが定番のパターンだから大して変わらない。我々は動物だから、悲しいけれどもどうしようもない。

今は、それほど辛くはない。それは、年を取ったからではない。僕が既に結婚しているからだ。素敵な女の子がいて、彼女が変な男とくっついても、まあ自分よりはマシだしなと思う。現実的に、僕は彼女を一般的な価値観の上で幸せにはできない。最悪、彼女がどこかの中年と不倫したって、自分が提供できるものと何も変わらないのだ。そういうのって新しい感覚だ。そして、自分の求めているものが明確になる。そもそも、僕が彼女に求めるものは肉体ではない。話をしたいとは思うけれども、それは重要なことではない。幸せになって欲しいとは思うけれども、それが全てではない。実際には何も求めていない。彼女のことを僕が素晴らしいと思ったという事実が、なんらかの形で世界に残れば良いなとは思う。まさにその通り、願望といえばそれが全てだ。セックスも、話をすることも、結婚式をあげることも、全て手段でしかない。結局のところ僕は、彼女のことを僕が素晴らしいと思った事実をなんらかの形で残したいと思って行動しているに過ぎない。それ以外の全ては手段だ。

ここには二つの事実がある。

彼女のことを僕が素晴らしいと思ったという事実が、なんらかの形で世界に残れば良いと心の底から思うことが、僕の恋の定義である。

結婚するメリットの最も重要なものの一つは、恋に落ちても辛くないということである。もっとも、それは内向的で考え込むタイプの人間限定なのかも知れないけれど。

この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。