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ソーシャルシリアスゲーム:東京、ロンドン、ハノイ、台北、パリ、ニューヨーク 2rot13

Social Serious Game: Tokyo, London, Hanoi, Taipei, Paris, New York 2rot13 この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。

癌になるのは知能が低いのと同じ

死ぬ準備をしている。積極的に死にたいというよりは、むしろ、ずっと前から死ぬのを先延ばしにして生きている。あなたの目の前で自殺しようとしている人がいて、その人が健康で借金がなく資産が数億円あったら、それを使ってから死ねば良いじゃないと思うだろう。それが先延ばしだ。もっとも、僕の資産は数億円もないし、その10分の1くらいはあるけれど使い切りたいとは思わない。取り立てて何かあったわけではない。ずっと、死ぬのを先延ばしにしていろいろやってみて、それなりにうまくいったこともうまくいかなかったこともあり、しかし特別にうまくいくことはなく、もうそろそろいいかなと思っただけだ。

SNSで繋がっている疎遠な知人は余命宣告済みの癌で闘病していて、症状の改善に一喜一憂している。彼は優秀なビジネスマンで、社会的に価値のある人間だったけれども、社会的な価値は癌には効果がない。僕は、先日の人間ドックでオールAだった。家系的に、いつかは癌になるとは思うけれども、ピロリ菌もやっつけたしとりあえず今は大丈夫そうだ。

健康な僕が死にたがっていることを彼が知ったら、彼はきっと熱く語りだすだろう。彼はある意味では正しいし、彼は自分が正しいと思っている。それはそれで良い。死にそうにならなければ感じられないこともあるだろう。それはそれで良いけれども、癌になるということは、知能が低いというのと同じだ。遺伝子、生まれた環境と、生活習慣。彼の癌が遺伝子によるものか生活習慣によるものかは知らないが、大半は自分ではどうにもならないことだろう。知能が低いというのも、大半は自分ではどうにもならないことだ。

癌になる人は知能が低いというわけではないが、癌になって死にかけているというのは、知能が低くてどうにもならないのとある意味では同じようなことだ。プロセスが同じで、顕在化した事象が違う。

癌になった人に、健康なんだから死ぬなんておかしいと言われるのは、知能の低い人に、頭が悪くないんだから死ぬなんておかしいと言われるのと変わらない。そんなこと言われてもねえ。

この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。