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ソーシャルシリアスゲーム:東京、ロンドン、ハノイ、台北、パリ、ニューヨーク 2rot13

Social Serious Game: Tokyo, London, Hanoi, Taipei, Paris, New York 2rot13 この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。

ニューロンのチートについて、或いは、ウィキペディアで、最も美しい文章

「ある生き物を、出来るだけ長い間生存させる為には、きみだったらどうする?」
それは基本的に、全ての生き物の目的ですね。
「その通り。君は何でも出来ると思って欲しい」
凄く強くするというのは間違いで、実際には、常に変化と適応が可能であるというのが重要なのかな。つまりそのために、生き物には寿命があって、生殖があって、進化があると。ああ、でもそうすると、全ての生き物がその通りということになりますね。
「置きに来たね。まあ、正解だ。半分は」
半分。
「生き物は全体として、変化をし続け、適者が生存する。生き物の中は、種が、その生存を有利にするように取り組む」
「でも、本当に何でも出来るなら、チートがある」
「他の生物のDNAに自分のDNAを組み込むんだ。自分たちの存在がその生き物に有利に働けば、その生き物は繁栄する」
「この方法のチートである点は、複数の種として一つの種が存在できると言う点だ。DNAは複製可能だから、それが一つ失われることに何の痛手もない。だから、複数の種に組み込んでそのどれかが絶滅したとしても何も失うものはない」
「チーターはいくつも確認できているけれども、最も成功している一つがニューロンだ。ニューロンは、人間ではない。別の生き物だ。ニューロンは、生き物に、世代での進化による適応ではない、一個の固体の変化による適応を可能にした。そして人間は繁栄した」
「人間は一個の生き物ではない。一個の固体としてみれば、それはゲームのルールだといってもいい。人間は現象で、意識は現象だ。だから、なにが変わるというわけではない。それはただの事実だ。ゲームのルールを知らなくても、ゲームはできる。分子が分かって、原子が分かって、核分裂がわかって、陽子と電子と中性子がわかって、さらに小さい単位が分かっても、肉を切るときにはナイフを使う。それはただの事実だ。ずっと大きなサイズの話だけどね。ずっと大きなサイズにも、まだわかっていなかったことがあるというのは素晴らしいことだよね」
何のために?
「え?」
何のために、ニューロンは、自分を残したいんですか?
「何故生き物が自分を残したいのかは、分からない。あるいは、分からないのは、我々が社会や、物体としての外部記憶を持っていて、個体としての適応を可能にしているからかもしれないね。個体としての適応が存在しない知性の中では、それは自明なのかもしれない」
「いずれにせよ、我々は現象だ。そして、個体としての我々にとって、それはゲームのルールだ。我々は、群知能と本質的には違いがない。アリの集団が、まるで全体としての意識、知能を持って行動しているかのように見えるのと、何も違いがない。君はウィキペディアを見たことがある?」
もちろん。
「僕が思う、日本語版のウィキペディアで、最も美しい文章はこれだ」

一般にオブジェクト指向プログラミングの方が理解しやすいと言われている。その理由として、オブジェクト指向が人間の精神モデルの認知手法に近いからだという説もあるが、心理学が人間の認知モデルを完全には明確化できていない現時点では非常に不確かである。蒸気機関が発明されたとき、人間の精神は蒸気機関と比較された。コンピュータが発明されたとき、人間の精神はそれと比較された。オブジェクト指向プログラミングが発明されると、人間の精神はそれと比較されることになったのである。

「手続き型プログラミング」『ウィキペディア日本語版』。 2013年7月8日 (月) 13:32 UTC、URL: http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E7%B6%9A%E3%81%8D%E5%9E%8B%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3%E3%82%B0

「我々は蒸気機関であり、機械であり、コンピューターであり、情報であり、さらに、群知能になってしまったということだね。しかし、ひとつのニューロンが、何を残したいと思っているのかを見つけなければいけないというのは一つの事実でもある」
ニューロンが個別の生命であるということを知っても、思考は何の変化ももたらさない。ルールが変わったわけではない。知らなかったルールを知ったというだけなんだからね。しかし、ニューロンが個別の生命であるということは、単独で記憶を保持できるということになる」

この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。