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ソーシャルシリアスゲーム: 2rot13

Social Serious Game: 2rot13 この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。

ウサギと小学校の先生、純粋な文学と純粋な人生

鯨を食うとか、犬を食うとか、無理やり肥大させたガチョウの肝臓を食うとか、肉を食うことについては世界中に軋轢があるんだけど、かわいい動物といえばウサギだろう、という思いが私にはあった。ウサギ、かわいいよ。フレンチで普通にでてくるウサギ。フランスでワイナリーに行くと飼われていて、しかも日本で見るペットのウサギよりはるかにぴちぴちしていてかわいくて、それは食用なのだ。鯨より犬よりガチョウよりウサギの方がかわいいんだけどな。

だから、小学校のウサギ小屋でウサギが皆殺しにされているのを見たときに私が思ったのは非常に複雑なことで、女性の先生がキチガイみたいになっているのを見て私が思ったのはたいへんに複雑なことだったんだけれども、小学校の先生なんて、基本的に馬鹿のなる職業なんだから、あんまり難しいことを聞くのは酷というものだよとしっかり理解していた私は何も言わなかった。

そういう訳で、私が彼女のことをフォアグラと呼んでいるのは、彼女が太っているからでも彼女の苗字が小倉だからでもないんだけど、それを説明する機会も権利も義務も私にはなく、なぜか彼女にフォアグラ呼ばわりがばれてしまったクラスメートが誠実そうに完黙しているのを見て、いや、その子に説明する能力はないよ、と思っているのだった。まあ、ウサギ殺したのその子なんだけどさ。そして、彼女がウサギを殺すにいたった理由は多分、家族で行ったフレンチでなんの前触れもなくウサギを食べたからなんだろうけどさ。そういうことを思うと、私の周りの世界はなんてかわいいんだろう。悪意のかけらもない。ウサギ小屋に貼り付けられた17本のウサギの耳にも、担任教師の脂肪肝にも、私は本質的に興味がないんだけれどもそこにあって、私の周りの世界を構成している。こんなことを考えていると、いや、私はもしかしてそこで立たされて失禁しているクラスメートの別の人格なんじゃないかしら、と思ったりもするんだけれども全くそんなことはなく、私もクラスメートもそれぞれ肉体をもった別の存在であってそれ以上でも以下でもない。

17本(奇数)。

それは完全に暴力だったので、誰もそれが暴力だと気づくことはできなかった。

この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。