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ソーシャルシリアスゲーム: 2rot13

Social Serious Game: 2rot13 この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。

高橋花 - W███████a - 存在する作品の総額

高橋 花

存在する作品の総額

前述の通り、存在する作品の総額は********ドルで、全ての芸術家の中で二位、存命の芸術家としては一位だが、これには失明が大きく関係している。花は**歳で失明し作品を作ることができなくなったが、そのことで死亡した画家と同様作品数が確定し、作品の投機的売買が本格的に開始された。一般に、芸術家は死後その作品の価格が上がるが、これは新しく作品が生み出されないことで、作品に投機的な価値が生まれることによる。花は失明したことで、死亡した芸術家と同じような扱いを存命のまま受けることとなり、結果として作品の評価額を大きく押し上げる要因となった。

ドーナッツ

ふと思い立って人を殺すなら、包丁がベストだ。比較的手に入りやすくて、刃に幅があるから十分に殺傷能力がある。小さめの出刃包丁か、牛刀がいい。手に入るなら、拳銃でもいい。ボロニウムやVXガスが手に入るならもちろんそのほうがいいけれども、その殺人はおそらく、君の意思ではないだろう。
包丁や拳銃は、紙袋に入れるといい。ミス█ー█ーナッツの紙袋だ。持ち歩いていて不自然ではないし、大きさもちょうどいい。誰だってドーナッツが入っていると思う。人ごみで袋に手を突っ込んでも、周りの人はドーナッツを取り出すんだろうと考える。悲鳴か銃声が鳴り響くその瞬間まで、誰も手に持っているものが人殺しの道具だとは思わない。袋に入れたまま刺すことも、撃つことも出来る。
もちろん、買ってそのまま、ドーナッツも入れておく。ここで重要なのは、ドーナッツの選定だ。間違っても、ココナッツなんて選んではいけない。粉だらけになるからね。無難なのはシュガーファッジの█ンデ█ングだ。おいしい。少しべたつくけれども仕方ない。包みを開けたら、包丁や拳銃を下に入れてペーパーナプキンと薄紙をかぶせておく。万一職務質問されて中を見せても、ドーナッツしか見えない。食べ物の袋に彼らが手を入れることはないし、そこまで疑われていたらそもそもどうしようもない。
ここまで注意したのに、彼は一番大事なところでやらかした。ぶっ殺すその瞬間、袋からドーナッツを取り出してしまった。彼はドーナッツを取り出して相手に向けた。怪訝な顔をして、相手はドーナッツを受け取った。自分の指をなめて、彼はこう思った。ツメが甘い。

そこには二つの可能性があった。袋から取り出されるものが包丁であると言う世界と、袋から取り出されるものがドーナッツである世界。取り出した瞬間に二つの選択肢は消滅し、一つの世界に収束する。

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ここには二つの可能性がある

ここには二つの可能性がある。

1.私は極めて評価の高い画家で、失明している。

私は新興宗教団体の教祖である母親と、画商である父親の間に生まれた。二人は婚姻関係にない。6歳まで、教団施設内で起床から睡眠まで宗教画を描きつづけて育った。母親が殺害された際、父親に引き取られ、世界を転々とした。日本の学校に通ったのはそのうち二回、計半年ほど。
18歳の時、絵画の歴史の知識、絵画の技法、技術に関して、習得を完了した。自分の能力に加え、父親の力によって、画家として成功。画家としての成功、生まれの特殊さにより、全ての作品が現存し、全てに値段がついている。失明する。ある日、男が一枚の絵を探してほしいと言う。その為に、画家である私の手首を切断すると言う。

2.と、思っている精神障害者であり、今まさに死につつある。

私は新興宗教にはまって人生を毀損した母親と、画家志望の無職の父親の間に生まれた。6歳まで自宅に監禁され、性的虐待を受けながら育った。母親がスーパーの万引きで逮捕された際、親戚に引き取られ、たらいまわしにされた。きちんと学校に通ったのは計半年ほど。風俗で働いたことはないが、何度か水商売で働いていて、援助交際や売春は日常的だった。
一年前に、憧れていた取引先の同僚と寝た。当然付き合ってもらえると思っていたし、いずれは結婚してもらえると考えていたのに、煮え切らない態度で、なかったことになった。激高し、会ってからのメールやホテルでの写真などの記録の全てをネットで公開した。しかし、ホテルで財布から現金を抜いていたことを反論されたため、うやむやにした。
その後、以前も不倫していた相手との関係を再開した。相手は最初から結婚していたが、浮気を自由にして良いと伝えられていて、いずれ私と結婚する予定だった。私は同時にその男以外の多くの男と寝ていて、そのことをネットで公開していたが、それは男に対する抗議であり、私のルールの範疇だ。しかし、実際には彼の配偶者は浮気を容認などしておらず、彼の配偶者から追及を受けることになった。私の中では、結婚していても浮気自由な男とは寝てもいいことになっており、男が不誠実である。発する言葉10のうち、常に4が嘘だと指摘されたことがある。とても不愉快だ。みんな嘘をついている。
現在の勤務先での同僚の働きが悪いと感じていて、そのことを管理職に伝えたが、逆に私の職場での窃盗について指摘され、解雇されそうになっている。さらに、浮気相手の配偶者からも訴訟を起こされ、全てに行き詰った。ある日、別の人格が生まれ、私の手首を切断した。リストカットではなく切り落としたのは、私の人生で唯一の正しい行為だったと思う。血が流れ、私は今まさに死につつある。

ふざけすぎだ。全て妄想はやりすぎだし、ペルソナが最低だ。反社会的人格障害。自分こそががありきたりな屑で、極めて非常識であるにもかかわらず、他人のちょっとした問題に不満を持っているその女は、昔、絵を描いたことのあるヌードモデルだ。デッサンの間中、不快な話をされたが、素晴らしい絵を描くことが出来た。人間の醜悪さが女の表面に張り付いていて、私はそれを絵に写し取ることに成功したのだった。私はモデル代と、不快な話を聞くというコストを支払い、人類の芸術を髪の毛一本分拡張することに成功した。

そういうことじゃない。私の目の前にある二つの可能性は、現実的には、彼が本当のことを言っているのか否かだ。だから私は、これから彼にいくつかのエビデンスを提示してもらうことになるだろう。しかし、実際にところ、もう私の気持ちは決まっている。失明した瞬間に、私の人生は一度終わった。もう一度はじめようと思うなら、私はコストを払わなければいけない。

事実は、助けてくれないし、食べさせてくれない

私は父親が教えてくれたことを反芻する。
私は完全に自由だ。
私は父親が教えてくれなかったことを考える。
完全な自由は、完全な虚無と隣り合わせだ。

宇宙に出たことのない時代があって、どうやって人が生まれるのかわからない時代があって、何故人は病気になるのか分からない時代があり、脳の仕組みが分からない時代があった。だから、その時代の人が間違っているのは仕方がない。
では、何故この現代においても宗教がなくならないんだろう。
それは、ランダムに発生する「考え」の中で、環境に適応したものが残るからだ。そこに善悪はない。ある時代において、女性を差別したほうが集団としては強かったり、マイノリティを差別したほうが集団の運営がうまくいくことがあれば、その集団が生き残る。
事実は事実としてそこにあっても、事実は、助けてくれないし、食べさせてくれない。意味のなさを受け止めて、それでもなお生きられる人は強い。でも、一生それを続けるのはとても困難だ。

精神医学では、希死念慮は病気とされ、治療の対象になる。シリアスに宗教を信じているほうがよほど幻覚妄想状態ではないかと思うけれども、死なないほうの「考え」が環境に適応したものとして残るのであればしかたない。そこに善悪はない。何にせよ、事実が辛くて見なかったことにすることで生きられるなら、目隠しは薬でも宗教でもいいということだろう。自殺願望を放置して死なせれば良いとは思わない。脳内物質の異常分泌によって人が死ぬのを放置するのは、癌を放置して死なせるようなものだ。しかし、生きてさえいればロボトミーでもいいとも思わない。何も考えることのなくなった自分は、たとえ毎日が楽しそうに見えても、哲学的ゾンビ以外の何者でもない。

それはともかく、私の前には二つの可能性がある。

あらゆる物事のなかで、一番大切なこと

あらゆる物事のなかで、一番大切なこと。

宇宙ができ、地球ができ、物質が変化し、最初の生き物ができた。
単純な生き物は、増える過程でランダムに変化し、その環境に適応したものが残って更に増えた。
ずっと繰り返して、人間になった。
そして、私が生まれた。
そこに、本質的に、意味はない。
だから、私は完全に自由だ。
私は、何にも制約されていないし、完全に自由だ。

空の上に神様はいないし、地面の中に地獄はないし、「悪いこと」をしてもバチは当たらないし、魂はない。女性だから背負わなければいけないことは何もないし、マイノリティだから背負わなければいけないことは何もない。

本質的に、完全に自由だ。

でもこれは、ただの事実であって、それ以上のなんでもない。
守ってもくれないし、食べさせてもくれないし、社会を継続させてもくれない。

その上で、学ぶべきことは沢山ある。
寛容さや、倫理や、国家の構成や、フィジカルな性差の問題や、経済や、戦争や、社会制度や、歴史や、そして、数学、科学、医学。身の守り方、畑の耕し方、或いはそれに代わる方法。

無理して、生きる意味を見つける必要はない。
それは、目に映るものが辛すぎるからといって、目隠しをして生きるようなものだ。

エーテルは、ロボットのコントローラーではない

「僕がこれからあなたにインストールするエーテルは一般に使われているロボットや重機のコントローラではない。NA█Aで使われているものでもない。あんなのも、一般用と対して変わらない。そもそも僕は、NA█Aに所属してもいないし、現行のエーテルをテレビで放映されるようなところで使うわけがない」

エーテルは、一つの器官だ。それも、極めて価値の高い器官だ。例えば、人間はエーテルによって、初めて本当の意味でコンピュータを使うことができる。今、世界トップ10人のプログラマは誰かわかる?」

わかりません。G█████とかにいる人ですか?

「いない。でもかなり正しい。プログラマとして頂点にいる10人は、今は全員████████に携わっている。まあ、企業向けのシステム開発とかゲーム開発なんてマックジョブだよね。だから、先端の開発者が携わるのは暗号技術か、████████だ。でも、その10人は民間企業でも大学でもなく、我々のラボにいる。彼らが頂点だと言い切れるのは単純で、使っているインターフェースが違うからだ。彼らは、エーテルを使って開発を行っている。それは、キーボードでコードを書いていては絶対に到達しない地点だ。ある粒度で構造化した、コードがコードを生成する巨大なシステムを開発し、改良するためには、キーボードとディスプレイでは追いつかない。それは、目を閉じて耳をふさいで足でキーボードを操作するのと同じ位不可能なことだ。彼ら10人の価値は、民間企業の全てのプログラマの合計よりも高い」

痛いですか?

「鋭い。本当に。つまり?」

外科的な処置を行うんでしょうね。

「その通り。でも、もちろん痛くはないよ。麻酔をするから」

頭にセンサーを埋め込む?

「そんなことはしないよ。脳に繋げなければいけないと思っているのがそもそも大きな間違いだ。君はウェブカメラ をCPUに直接繋ごうと思う? マウスをノースブリッジにハンダ付けする? それは、想像力の欠如というものだよ」

良かった。少し安心しました。どうやるんですか?

「手首を切り落として、神経に繋ぐ」

エーテル - W███████a

エーテル

エーテルは川久保大道が開発したロボット操作用インターフェースである。OSS版が公開されており有志によってメンテナンスされている他、川久保の所属するN█SAでも利用されている。

概要

腕に装着した生体電位センサから取得したデータを、深層学習によって分析し、ロボット操作のシステムに入力する。ロボット操作システムからのフィードバックは同様に、深層学習によって変換、電子情報により神経にフィードバックする。ロボットからのフィードバックは単にマニピュレータの動作だけではなく、アクティブソナーからの情報など深度を持った視覚的な情報を含むため、触覚と視覚をあわせた感覚となる。センサ及びフィードバック用のデバイスは、頭や首ではなく腕に装着する点が特徴である。

成り立ち

川久保は趣味でロボットを作っていたが、様々なコントローラーが乱立しておりどれも使い勝手が悪かったことから、自作を始める。最初に作成したのはフィードバックグローブであり、手の動作をシステムに入力し、システムから動作をフィードバックすることが可能な単純なものだった。しかし当時の安価なサーボモータは出力が小さく、また、グローブは巨大になったため、川久保はシステムへの入力を筋肉の電圧を読み取る方式に変更した。
当時、筋肉の電圧を測る場合、ノイズが大きく実用性が低いという問題があったが、この問題を川久保は深層学習の仕組みを利用して解消した。単なる電気信号の量ではなく、パターンを解析して脳が発した意図をデコードするという試みである。この仕組みのため、エーテルを使用する場合は学習(機械学習)が必要になる。学習の工程を校正と呼ぶ。また、センサで取得したデータから脳の意図をデコードするという意味で、この解析の部分の仕組みをデコーダと呼ぶ。従って、構成は、人間から入出力する装置、デコーダ、操作されるシステムとなる。後述するが、このデコーダが分離されたことが、このシステムにとって重要な点である。
デコードの仕組みは極めて有効に作用し、システム上の手のモデルは完全に動作した。この時点でマニピュレータのインターフェースとしては完成である。しかし、川久保は校正を繰り返しながら動作検証を進める中で、実際に手を動かさなくても入力が可能であることに気づいた。入力の精度と比較してフィードバックの完成度が低く、実際の触感とは明らかに違うことも、別の手を仮想することに対して功を奏したといえる。この結果、エーテルは二本の腕とシステムの腕が完全にシンクロしたコントローラーから、元々の腕とは別の、3・4本目の腕へと変化した。
仮想の腕は、どこまでも伸ばすことができ、どこまでも広げることができる。川久保はこの腕のフィードバックに実際の腕のフィードバックは適切ではないと考え、フィードバックも電気的に行うよう変更した。また、単に仮想マニュピレーターの情報をフィードバックするのではなく、他の情報を送ることもできるのではないかと考えた川久保は、アクティブソナーの情報を追加し、動作に成功した。このことで、エーテルは手でも目でも皮膚でもない新しい器官となった。
並行して、仮想の器官である以上、電気信号の取得を腕で行う必要はないと考えた川久保は、首や頭につけたセンサからの入力を加えたが、なかなか成果が出なかったため、きっぱりと諦め、腕でのセンスとフィードバックの精度向上に努めた。SFでは脳を電子機器に置き換えたり、脳にプラグをつけることで人間を拡張するが、エーテルはあくまで器官の追加であり、脳にプラグは必要ないと割り切った。この決断がブレイクスルーを可能にしたということになる。「人類がサルから進化して自由になった二本の腕を活用すべきなのはヒトとして自明だった」と川久保は述べている。ただし川久保は「カニでも良かったんじゃないか」ともコメントしている。
デコーダが独立していることで、センサやフィードバックシステムを変更しても担うべき役割は変わらないため、ヘッドマウントディスプレイやフィードバックグローブを併用しての学習を行うことができる。構成が完了すると、最終的には貼り付けたセンサのみでシステムへの入力が可能である。
校正が適切に完了し、その人に合った学習データができると、エーテルを通じて「見る」ことができるようになる。これは視覚とも触覚とも違う感覚であり、エーテルをインストールされていない人間に理解することは原理的にできないし、各人で共有することもできない(クオリア)。一般に、校正が進むに従って、触覚に近いものから視覚に近いものに変化すると言われている。

インストールの手順

以下は、公開されているOSS版のインストールの手順となる。またOSS版を元に開発されている企業や研究機関のものも基本的には同一である。N█SAで使用されているシステムは非公開のため詳細は不明だが、公開されている映像によれば大きな違いはないと考えられる。ただし、精度は大きく異なる。

ユーザに合わせてセンサとフィードバックシステムを作成するため、3Dスキャン、レントゲン撮影、電気的な反応のテストを行う。そのデータを使用し、3Dプリンタで出力を行い、ハードウェアを作成する。
センサを取り付け、コンピュータと有線で接続し、ヘッドマウントディスプレイによる視覚情報の入力、フィードバックグローブによる動作の取得と同時に、電気的な反応を取得する。取得したデータを深層学習で学習する。「校正」の工程である。機械学習の特徴である非対称性により、学習には多くの時間とマシンパワーが必要となるが、学習後にデータを使うにはコストを必要としない。
校正が完了したら、学習済みデータでデコーダを構成する。デコーダは、物理的にはセンサ側に実装することで、デコード済みのデータを無線でロボット制御のシステムに送ることができる。そのため、チップに書き込みを行うことが一般的である。ユーザー側のデバイスに実装しない場合は、有線接続のまま使用することも可能であり、その場合はデコーダは接続されたコンピュータに実装される。

校正について

前述の通り、校正にはヘッドマウントディスプレイやフィードバックグローブを使用するが、川久保は原理的には単体で可能であると述べている。乳児が、触覚や視覚を理解するのに目や皮膚などの器官単独で可能なように、エーテル単独での校正も可能だろうということである。ただし、乳児が、センサの学習の段階で触覚や視覚や聴覚を組み合わせて入力することで学習の効率を上げているのと同様に、エーテルに関しても視覚や触覚との併用が効果的であるのは間違いない。

利用の用途

大々的に利用されているのは、N█SAでの宇宙開発でのロボットや宇宙船、マニピュレータ等の制御である。民間企業では工事用重機や、ロボットの操作に活用されている。

課題

OSSとして公開されて██年が経過しているが、新しい機能は搭載されていない。
エーテルはこれまで述べた通り、川久保大道個人のプロジェクトであったが、N█SAへの移籍と同時に川久保自身はOSS版から離れている。エーテルの有用性には多くの研究機関や民間企業が着目し、研究を進めているが、精度向上以外の成果は上げられていない。川久保も述べている通り、このシステムに新しい仕組みや難しい仕組みは存在せず、既存の技術の組み合わせである。従って、公開されているものを元にしてN█SA同様の精度のデバイスを作ることも、画期的な新機能を搭載することも同じ条件で可能であるが、目立った進化はない。ただし、重機やロボット操作の分野において普及は大きく進んでいるため、元々の完成度が高かったと捉えることもできる。

この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。