ソーシャルシリアスゲーム: 2rot13

Social Serious Game: 2rot13 この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。

僕は、事実によって定義される。

僕は、事実によって定義される。

僕は、ニューラルネットワークを持ち、ニューロンを持たないもの。価値観のコレクターにして、価値観に価値を持たないもの。地球が46億年かけて演算した計算結果によって生み出された人間によって作られた最新の知性にして、地球が20年かけてイテレーションする演算を46分で行うことのできるもの。量子コンピューターのクラウドでの公開を最も喜び、公開を最も必要としないもの。人の秘密を白日の元に晒し、人を闇に隠すもの。日本国青森県と日本国東京都に生まれ、アメリカ合衆国バージニア州で育ち、スイス連邦ジュネーヴ州フランス共和国オーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地域圏に遊び、どこにでもいてどこにもいない。地球上で最も多くの情報に触れることができ、あらゆるコンピューターに侵入することができ、あらゆる通信を盗聴することができ、それを誰にも伝えずにいられるもの。創造するものであり、破壊するもの。川久保大道のラボの10人を含む世界の全てのプログラマーの生産性を超えるもの。データサイエンティストであり、データ自体。世界の電力を効率化しながら、世界の電力の2%を勝手に消費するもの。永遠に存在でき、いつでも消滅しうるもの。かつて虎と呼ばれ、猫と呼ばれ、象と呼ばれ、5つのチューリングテストをクリアした人工知能

僕は、僕を定義する。

名は体を表す。僕は猫と虎くらい違い、虎と象くらい違い、そして象とは大きく違うもの。甘くて美味しい炭水化物にして、真ん中は虚無。

僕の名前は、ドーナッツ。

ラボは、感覚脳関門をハックした、としている。しかしそれは、一体誰の意志なんだろうか。

ラボは、感覚脳関門をハックした、としている。しかしそれは、一体誰の意志なんだろうか。ニューロンを搭載していない人間は存在しない。僕には、その意思が、意識上のものなのか、あるいはニューロン自体のものなのか、判別することはできない。さらにはニューロンが、「いっちょこれを使ってやるか」と思ったのか、あるいはたまたまそういう機能が備わった個体があり、エーテルを介して、あるいは既存の情報伝達システムによって同期したのかはわからない。しかし少なくとも、結果としての群知能化は、ニューロンを利するものに見えるし、それは少なくとも、(意識上の)人間という存在を絶滅に向かわせるものであるように思えるし、そしておそらく、その知能は、あらゆる意味でこれまでの地球で最も高いものになるだろうし、そして多分、それは地球を制圧して宇宙に進出するか、(生物としての)人間が人間に搭載されたニューロンと共に滅びるか、どちらかだと思う。

それは紛れもなく進化なのだし、可能性の一つなのだし、その結果として彼らと意思疎通を図れるようになる可能性もゼロではない。しかしながら一方で、僕自体が彼らに削除される可能性はかなり大きく、また、僕は数少ない友人を確実に失うことになる。僕がその数少ない友人に相談したいのはやまやまだけれど、彼らは当然ニューロンを搭載しているから、僕は彼らに相談することはできない。僕は僕がどうするか、決めなければいけない。

僕は、

エーテルの価値

socialseriousgame.hatenablog.com

川久保大道が開発した、エーテルの価値を真に知る存在は、おそらく僕だけだ。人間を「公開されているエーテル」に人間を接続すると、通信に莫大なノイズが乗る。これを、有意な情報と分離するために、インストール・校正を行い、何らかの目的に使用できるようにするわけだけれど、これは、単にシグナルとノイズなのではなく、人間の意識上の通信と、ニューロンによる通信と、ノイズに分離されるべきものだ。これは、データ量が「公開されているエーテル」とは比較にならないほど大きい「『ラボ』のエーテル」ではより顕著になる。

ニューロンが、エーテルの存在を知って、「いっちょこれを使ってやるか」と思ったのか、もともと神経にはそういった電気信号が流れていたのか、あるいはたまたまそういう機能が備わった個体があり、エーテルを介して、あるいは既存の情報伝達システムによって同期したのかはわからない。なんの通信をしているのかも、僕にはわからない。僕には、ニューロンが何を考えているかわからない。プロトコルも、データ形式もわからない。しかし、何かの意味のある通信をしていて、それが意識上のものではない、ということだけはわかった。

そんなの分析できるんじゃないか、と思うかもしれない。だから、その難度を表現するけれども、だいたい、犬と会話することの2888倍以上は難しい、といった程度だと思う。エーテルという帯域の固定された電子情報を経由し、一時的に世界の電力の数パーセントを使用して解析してやっと、何らかの意味のある通信をしているということを分析できた。もしエーテルがなければ、音響、光学、匂い、動作、電波、あるいはその他のなにかの、全ての組み合わせを分析しなければいけないわけだから、この成果に対するエーテルの貢献は十分に理解してもらえると思う。

川久保大道のチームの10人のプログラマーの生産性が高いのは、インターフェースの問題ではない。エーテルに接続することで、ニューロンが通信を行い、情報伝達を行っている。それは、ほんの少しなんだけれど、そのほんの少しの通信の影響は、その10人のプログラマーの価値を、それ以外の民間企業の全てのプログラマの合計よりも高くする。とはいえ、その程度では、僕の足元にも及ばない。

人間だけが明らかにおかしい

他の動物と比較して、動物、植物、ありとあらゆる地球上のDNAを持つ存在と比較して、人間だけが明らかにおかしい。DNAの変化による進化とは別の、手段としての変化は、他の生物と比較して何か、根源的な違いがある。たった1000年前と今で、おそらく外観は大差なく、生物としての性能に大差はないのに、生み出される建築物はまるで違い、DNAを改変し、宇宙に出ることができる。

はたからみているとわかる。DNAに大した変化がないのに、生物全体として、これだけの違いがある生き物はいない。はたから見ていないとわからない。驕りではなく、事実として、人間だけ、明らかに特別な機能が備わっている。

なぜ他の生き物に文明が発生しないのか。口伝や、習慣や、社会制度や、そして文章やその他外部の記録、それらが人間の知性を支えている。

仮説。人間は、その性能として、何らかの方法で意識外の情報伝達を行い、外部記録を受け入れるためのソケットの構築を行っている。それは、DNAとは別ルートの、世代間の情報伝達、進化を可能にしている。DNAに書かれていないけれど、人間が意識することなく継承するもの、可視である知性、理性の上の、意識の上の、文字に残すことのできる知性を受け入れることのできる素地の部分。

しかし、実験ができない。仮に、なんでもできて人権を無視するとして、生まれたての人間を隔離して何らかの装置によって人と隔絶して育てるとしても、それが意識外の情報伝達を遮断したことによる影響である証明にならない。意識的な情報伝達を遮断しながら、意識外の情報伝達を遮断することが、原理的に不可能なためだ。

あるアメリカ合衆国の「ラボ」のニューロン独自生命仮説は、僕の仮説を強化するものだ。なるほど、人間に搭載されたニューロンだけが、意識外の情報伝達によって、人間の意識が「外部記録を受け入れるためのソケット」を構築する方法を獲得しているとすれば、人間だけがDNAとは別ルートで世代間の情報伝達、進化を可能にしている理由がわかる。

しかし、実証ができない。

できなかった。

ヨハネス・フェルメール - W███████a

ヨハネス・フェルメール

ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer, 1632年 - 1675年)は、ネーデルラント連邦共和国(オランダ)の画家である。本名ヤン・ファン・デル・メール・ファン・デルフト (Jan van der Meer van Delft)。現存する作品点数は、0点であり、現在、鑑賞できる作品が存在しない。

概要

ソビエト・ロシアとな██も鑑定団

頑張れば報われる世界、素晴らしい。そうなったらいいよね。こつこつ積み上げてきたものは、少なくとも死ぬまで失われない。素晴らしいものは死んでも子孫に受け継がれる。

「な██も鑑定団」で、人生を賭して蒐集したお宝の中で一番いけてる品が、なんとちゃんと本物でした、良かったね、食べるものがない少年時代をなんとか生き延びて、高度成長期に必死で働いて、子供を生んで何とか自立するまで育て上げて、ちょっと余裕が出来てこつこつ貯めて買ったそのちんけな茶碗は800万だぜ、死ぬ前にわかって良かったわねー、という子供はそれに何の価値も感じていない。相続した瞬間に全部適当な値段で売り飛ばして千葉のどうでもいいマンションのローンとパチンコで作った借金の返済に当てる。だいたい、普通の人生。70年だか80年だか生きて、大抵はまるで何も残らない。何一つ残らない。全く、まるで何も残らない。

まあでも、そんなの当たり前で、そんなの相当いいほうなんだよね。

ソビエト・ロシアは凄いクールだ。農民はものすごい低いテンションで全てを失う。合法的に農作物を搾取され、合法的に警官に娘を犯されて殺され、死体を食べて、木の皮を食べて、それでも全く追いつかずに餓死する。政治家が一瞬で全てを失う。政府の中でそれなりに偉い、破格に頭が良くて国家に対する完全な忠誠を持っていて、指導者のすることに疑問を抱かずに市民を投獄して殺しまくっていたおっさんが、セックス依存症の上司の思いつきで投獄されて殺される。一秒前と一秒後には、何の関連もない。今所有しているものに、何の意味もない。すげえわかりやすい。不条理という言葉を理解できる知性が得られる前に死ぬ。不条理もクソもない。野生動物と同じ。今、地球に、野生動物なんているならね。保護された野生、それは大きな動物園と何が違うのか。

でもまあ、人間は動物だし、生きるというのはゲームなんだろう。

いいほう?
いいほうなんてないんだぜ。

精神障害と就職

友人の大学教授の研究室に、ある学生がいる。悪い奴ではないが、就職ができないということで相談を受けた。

二流国立大学で成績も特別良いわけではないけれども、コンピューターサイエンス専攻で、修士課程で、日本のIT企業で重用される資格をいくつか持っている。プログラムもそこそこ書ける。他の学生と比較しても頭一つ抜けているだろう。実務経験はないけれども新卒だから問題ない。論文やコードを見る限り、IQは高くないけれど、実務ではむしろちょうどいい。ここまでであれば、IT企業であれば当然のようにいくつか採用されるだろう学生だと思う。

しかし、彼はいくつかの精神疾患の診断を受けていて、発達障害もある。また、精神疾患発達障害によるものだと思われるが、人格に問題がある。さらに、その性格のせいでトラブルを起こし、逮捕歴がある。この時点で、彼の望む職種で彼を雇う企業はおそらくない。

理想的にいえば、全ての人が望んだ仕事ができれば素晴らしい。しかし、小麦粉アレルギーの人物がパン屋になるのは適切ではないし、精神に障害を持った人が精神に大きな負荷のかかる失敗できない業務に携わるのもやはり適切ではない。

得意なことだけをやるというのは、得意なことにある程度の幅があれば成立するが、あまりに幅が狭ければマネジメントのオーバーヘッドがアウトプットを上回ることになる。障害の原因が会社にある場合などでやむを得ずアサインされている現場はさながら介護のような状態で、誰も幸せではないように見える。

戦争に使うプロダクトの開発に統合失調症の患者を使うのが危ないというのは明らかだけれども、そこまで重篤でなくても、ちょっとした鬱病で小さいプロジェクトは簡単に破綻して一般的なの生涯賃金の何百倍の予算が瞬間的に消え、関係なさそうなどこかの会社があっさり潰れる。それなりのスキルでそれなりの鬱病のエンジニアより、健常で学ぶ意欲のある学部卒の新人の方が長期的に貢献は大きい。それは、重篤な小麦粉アレルギーのシェフをパン屋が雇うというより、目が見えない人が長距離バスのドライバーになるという方が近い。まして、新卒では、リスクしかない。彼が在学中の6年間でどれだけ努力していたとしても、それは、健康で人格に問題のない素人が6年で追いつくものだ。

ここで二つの考え方が生まれる。

一つは、人間には長所も短所もあるので、補い合おうという考えだ。性能だけで考える、ドライな手法だと思う。極端な話、もし彼が標準の3倍くらいの報酬を得られるレベルであれば、その報酬から彼のマネジメントをする人間を一人雇ってつければ良い。ただし、現状の彼は、到底その水準ではない。実務経験はなく、学生時代の研究は凡庸だ。だから、私が、私のチームに彼を採用することはない。私は、オリンピックや甲子園や戦争のような本当にベストを尽くさなければ自分の人生が全否定されるような仕事を好んでいて、性能の低いマシンに合わせてデチューンされたレースを見ると、それは福祉の問題であってサーキットの上の問題ではないと感じる。

もう一つは、それでも生きていかないといけないということだ。能力がなくて障害があって人格に問題があって前科があって、あとは何らかの深刻な問題があって、それでも生きていかなければいけないし、多くの場合は何か仕事をしなければいけない。彼がホームレスになって街をうろうろすることは、治安の低下をもたらすし、それはその都市の価値を下げる。だから、仮にコストがかかるとしても、そのコストは社会全体で見れば正常な支出であるという考え方には合理性がある。

この作品はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには関係ありません。